幼年期の終わり

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

目次
まえがき
第1部 地球とオーバーロードたち
第2部 黄金期
第3部 最後の世代


今年の1冊目はSFの名作である「幼年期の終わり」となった。本書はArthur C.Clarkeによって1953年に初版発行となったものを、著者本人が1989年に第1部のみを改稿したものをを光文社古典新訳文庫が翻訳したものである。amazonの書評を見ると第1部を改稿したものを翻訳したのは本書だけのようだ。


第1部の改稿内容は本書の後書きを見れば、その概要はつかめる。旧版のプロローグは技術情報部のサンドマイヤー大佐が

「この情報によると、ロシア人はわれわれとほぼ肩を並べるところまで来ているそうだ。彼らはすでに、ある種の原子力推進装置を所有している―われわれのものより優秀でさえあるかも知れないやつをだ」

とあるのが本書では宇宙飛行士ヘレナ・リャホフが

「ユーリ。私が生まれたとき、あなたはもう亡くなってたわね。(中略)ほんと、残念だわ!史上初の宇宙飛行にせいこうしたあなたが、人類が月面を歩くのを見ないまま亡くなってしまったなんて。あなただって火星探査が実現する日を夢に見てたはず・・・。でもね、その日がついに来たの。コンスタンティンツィオルコフスキーが百年前に思い描いた宇宙新時代がいままさに開かれようとしているのよ。次にこうして会うときには、あなたに話したいことがたくさん出来てると思う」

と、東西冷戦を終えて平和を望んでいると思わせる著者の姿勢が、すぐに見てうかがえるものになっている。

なお、第2部第3部については変更はなく載せているものの光文社古典新訳の他の本同様により読みやすい日本語に直されている。


内容についてはネタバレを含んでしまう部分もあるが、唐突に地球外知的生命体オーバーロード*1が地球を訪れる。そして人類を統治する。この統治初期を描いたものが主に第1部である。統治初期にはオーバーロードについての情報はほとんど明かされない。この統治は極めて善政といえるもので人類に大きな争いはなくなり、物質的充足も得られるようにはなるものの、反対の姿勢をとるものおり第1部ではこの様子が描かれている。しかし時間とともに人類はオーバーロードをほぼ完全に受け入れ、オーバーロードの元で人類の黄金期を迎える。これが第2部の主な内容である。第2部の冒頭でようやくオーバーロードはその姿を現す。その姿については賛否両論がありそうだが、こう来るかと思ってしまった。想像はしていなかったからだ。逆接的というか、直接的というか・・・そういった姿だ。しかし姿は現したものの、なぜオーバーロードは地球を統治するのか、ただただ人類に恵みを与えてくれるばかりで、その目的は何なのか?そこが明らかにはされない。第2部で様々な種が仕込まれた後に第3部で明らかにされる。(ちなみに第1部と第3部についてはページをめくる手がとまらない状態だったが、第2部については少しゆっくりになってしまったところもあった。)

ここからは完全なネタバレなので読もうと思っている人は読まないでください。
オーバーロードの目的は、人類の保護者である。*2人類が来るべき進化を遂げるまでの保護が役割だった。過去にもオーバーロードは人類以外の生命体を保護もしていた。オーバーロードは人類よりもはるかに優れた頭脳を持っている。(ちなみに角と羽という悪魔の外見も)しかしオーバーロードはその保護役をオーバーマインドから仰せつかって行っている。そして人類が来るべき進化を遂げるのはオーバーマインドという形の進化だ。つまり未来の上司の保護者なのである。
錯綜した関係がありわかりづらいが、オーバーロードの葛藤は自分がオーバーマインドに進化できないことにある。だから保護対象である人類を観察し、進歩もしようとしているがまだ至れず、そしておそらくずっと至れないだろう。*3
オーバーロードがオーバーマインドに至れないと思わせる理由はもう一つある。それがジャン(人)とラシャヴェラクオーバーロード)の会話である。

「オーバーマインドの道具にされていることに不満はないんですか」
「この関係には利点がある。それに、知性ある者は、運命の必然に腹をたてたりはしない」

そう、オーバーロードは賢すぎるし、キレイすぎるのだ。その外見とは裏腹に。

また外見については悪魔という形を取っているが、これはいささか納得できなかった。悪魔というのはオーバーロードが人類の種族的記憶に前もって与えていた記憶であり、それが人類には悪魔として把握されていたものとされている。(つまり悪魔という想像の産物はオーバーロードが過去に自分の姿を教えていたものとされている。少し違うが。)けれどそれならばなぜ、悪魔を天使として人類が把握するようにしなかったのか。悪魔の姿について人類がどのような背景を与えるかについては、人類の裁量に任せたのだろうか。それならそもそも姿については種族記憶なんてものを与える必要もなかったと思うが・・・。まぁ現在の人類が設定している悪魔も、神ほど人は殺していないし、悪ではないのかもしれないが。


細部にふれていると収集がつかなくなってしまうが、それもまたSFの魅力だろう。色々な想像をめぐらす楽しさと読んでいるときに広がる未知の世界。やはりSFは面白い。普通のフィクションでは味わえない世界がある。


最後はオーバーロードの地球総督であるカレランの一言で。

「認めがたいことだろうが、現実と向き合わなくてはならない。きみたちが太陽系の惑星を支配する日はいつか来るだろう。だが人類が宇宙を制する日は来ない」

この一言はどういう感情が込められていたのだろうが。密航者に触れ、発言の最後を強めに言っただけなのだろうか。*4もうすぐ事実を明らかにする者のためのクッションだろうか。単なる事実の通告だろうか。それとも・・・嫉妬にも近い感情だろうか。

*1:他の本では上帝や上君とも訳されているらしい

*2:オーバーロードが人類に自らの目的を告げるシーンは物凄い重厚なシーンのように感じられた。(p349)

*3:基本的にオーバーマインドへの進化は次世代の子供に突然起こるものとされており、オーバーロードは子供を産めない?ようである。

*4:このくだりは、ジャンという人間がオーバーロードの船に潜り込んだということに関してオーバーロード側が人類に対しての記者会見でのもの